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土地所有の偏在は、広く存在する。
隣のインドでは、農家の七〇%はニヘクタール以下の土地しかなく、その耕地を合わせても、全耕地の二一%に過ぎない。
その一方で、一○ヘクタール以上の大農が全耕地の三一%を占めている。
タイでは、人ロの八%の富裕階層が三〇%の土地を所有、小作農地は年々増え続けて二〇%を超えた。
小作人口は北部、北東部において増加が著しく、期せずしてこの一帯の森林乱伐や焼き畑の増加とも一致する。
フィリピンでも、一〇ヘクタール以上の地主は五%に過ぎないが、全農地の三四%を所有する。
アジアは世界でももっとも肥沃な農地に恵まれ、しかも世界の全耕地の五二%を占める。
アジアは他の発展途上国と比べても、水利や上質など農業環境は有利で、机上の計算をする限り、食糧は十分にいきわたるはずである。
しかし近年アジアの食糧生産は上向いているものの、全体では穀物を輸入しているばかりか、全世界で三億三五〇〇万〜四億九四〇〇万いると推定される栄養不足人口の六三%がアジアに集中している。
世界銀行が「絶対的貧困者」と名づけた年収七五ドル(七一年価格にして)以下の最底辺層は、アジア開発銀行の調査では、約三億四〇〇〇万人と、世界の同じ層の四分の三を占めている。
アジアで一〇〇の農地をとると、国によって四一から九一がニヘクタール以下の小・零細農地で、その面積を合わせても全農地の四三%にすぎない。
一方で、アジアの世界貿易における農産物は、ジュート、ココナツ油、ヤシ油、紅茶、米などが大きな割合を占めている。
ここから浮かび上がってくるのは、大土地所有者、大企業、多国籍企業などが、農民を締め出して、このような商品作物に力をいれている現状だ。
締め出された人々が、自然環境に重圧を加えるようになるのは、繰り返すまでもない。
土地集中は中南米ではさらに進んでいる。
国連食糧農業機関(FAO)の報告によると、七%の人口が九三%の農地を独占している。
米国のフロリダなどに住んで、自家用機で自国と行き来する不在地主と、家族さえ養えない零細農民とに、両極化した国々だ。
アフリカでは、一九七四年の革命まで中世さながらの封建制度の残っていたエチオピアなどの一部の国を除いて、土地は部族共有制が一般的だった。
だが、地域的にこの制度は急速に崩れ、土地の所有権が部族から個人に移りつつある。
とくに、この傾向は西アフリカのココア地帯、東アフリカのコーヒー地帯など、輸出用商品作物への依存の高い地域ほど顕著だ。
この傾向の目立つケニアでは、一〇〇ヘクタール以上の大農地が全耕地の二割を占める一方で、農民の半数以上は二ヘクタール以下の土地しか持てず、それを合計しても、全耕地の一五%に満たない。
外国資本によるプランテーション、国内の特権階級と結びついた大企業などが背後にあるのは、アジアと変わらない。
この土地の囲い込みは、商品作物の作付け拡大とセットになっている場合が多い。
石油などの地下資源に恵まれない大部分の発展途上国にとって、外貨の不足は独立以来つねに付きまとっている難題だ。
これらの国々では、植民地時代から続いている商品作物輸出が外貨の稼ぎ手である。
とくに、近年の発展途上国経済の不調、農産物の価格低迷から、外貨収入を作付けの拡大で補う傾向も一般的だ。
これが、国家の優先施策、ときに国際援助機関の指導で実施される場合には、中小農民から土地を取り上げて、大土地所有制を促進することも少なくない。
また、商品作物の奨励によっても、国内消費の穀物生産用の農地にまで、特定作物が植え付けられ、土地の酷使、さらに熱帯雨林などの未開拓地の開墾といった、人口圧と同じような問題が発生する。
一五〇億年前の宇宙の大爆発(ビッグバン)からこれまでを一日に圧縮すると、地球に生命が芽生えたのはやっと午後八時ごろ、最初の脊椎動物が姿を見せたのは一〇時半、人類の祖先が登場したのが真夜中の一〇秒前に過ぎない。
現代にいたっては、最後の一秒の1000分の一にも及ばない。
このわずかな時間に、人類という名のスーパー動物が地球の環境をすっかり変えてしまった。
とくに今世紀は、人類の世紀となった。
医学の進歩による病気の制御、化学物質の投入による農業の生産性の急上昇、エネルギーや鉱物資源の大量消費、合成化学物質の氾濫……といった環境の人工化の道をひた走る。
一九〇〇〜八五年の間に、人口は三倍の増加なのに対して、実質GNPは二一倍、エネルギー消費量は一五倍もの急増を示しているのが、それを物語っている。
しかも、二〇世紀の後半部に入って、人間活動はいよいよ加速する。
私は、この一九五〇年前後が人類と地球環境との関係を考える上で、一大転機だったと考えている。
世界人口はちょうど二五億人を突破したころだ。
約八〇〇〇年前に農業が開始され、初めて自然の生態系から大きく抜け出して、地表を大きく改変し始めた。
初めは、河口や大河流域の肥沃な氾濫原に始まった農業も、次第に平野に広がり谷を遡って開墾が進んでいく。
この地球上で、そのままの状態で農業生産に利用できる土地は、極地を除く全陸地面積の一〇%強しかない。
二五億人という人口を養うのには、この面積でほぼ目一杯である。
それまでの自然環境に依存してきた農業が、先進国ではこのころを境に化学物質とエネルギーを大量投人する「人工環境化」の道へ踏み込んでいく。
それまで、あまり変わらなかった先進国と発展途上国の農業生産性に、決定的な差がついていくのも五〇年ごろからだ。
この前後から、人口の爆発的な増加と世界経済の拡大、その一方では環境汚染、自然破壊、さらには核軍拡も進行していく。
発展途上国では、人口の急増とともに農村からの人口流出が始まる。
乾燥地帯、高地山麓、熱帯林などへの進出の速度が早まるのもこのころである。
それは、森林の破壊や土地の荒廃など、自然環境への圧力を高めていく。
今世紀に入ってからの人口増加の七割強、実質GNPとエネルギー消費量の八割強は、この五〇年以降のものだ。
その後、どの経済指標をとってみても、人類の活動の伸びは異常とも思える急カーブで上昇していく。
一九五〇年から八五年までの間に、人口は一・九倍の増加なのに対して、都市人口は二・七倍になった。
実質GNPは、この間に四・三倍に膨れ上がり、穀物生産は二・八倍、食肉生産は三・三倍、漁獲高は四・〇倍、木材生産は三・八倍になった。
工業生産は五・六倍、エネルギー消費は三・七倍に上昇した。
だが、この大量生産・大量消費は、一次産業にあっては、森林、表土、水、野生生物といった天然資源の略奪となり、二次産業では、二酸化炭素増加などに代表される地球のエネルギー収支の攬乱、さらに環境汚染、廃棄物の急増といった問題を起こし、自然環境へそのツケが回されてきた。
とくに、こうした世界経済の拡大に巻き込まれた発展途上国は、一次産品やその低加工品の輸出への依存をますます強めざるを得なくなり、木材の乱伐、商品作物の作付けの拡大、公害企業の受け入れなど、環境のダンピングとも思える天然資源の収奪に拍車がかかっている。
章を追って、その地球の現実を提示したい。
発展途上国の大都市を訪れると、だんだん絶望的な気分になってくる。
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